少しずつ春めいてきて、桜が待ち遠しい季節になりましたね^^

昨晩は、1893年、明治26年創業の京菓子屋さん『京菓子司末富』の、
3代目代表 山口さんをお招きし、トークイベントを行いました。

末富さんのお向かいにaeru gojoをオープンさせていただき、
山口さんにはいつもとてもお世話になっております。

27_末富さんトークナイト

今回のイベントのために、末富さんとaeru gojoがある、
この地に縁の深い和歌からイメージを膨らませ、
特別な和菓子を作ってくださいました!

「さざなみや 志賀の都は あれにしを
むかしながらの 山ざくらかな」
(平忠度『千載和歌集』66)

26_志賀の海

「さざ波の寄せる琵琶湖畔の志賀の都は、荒れ果ててしまったけれども、
長等山(ながらやま)の桜だけが、昔と同じように美しく咲いているよ。」

この和歌は、末富さんとaeru gojoから、歩いて30秒ほどのところにある、
『新玉津島神社』に、深い縁があるものです。
平安時代にできた新玉津島神社には、歌の神様が祀られています。

平安時代の末期、この神社は、歌人である藤原俊成の、
お屋敷の敷地内に位置していたそうです。
俊成はここで、『千載和歌集』を作っていました。

28_新玉津島神社

当時は、源氏と平家の内乱の時代。

源氏に追われ、平家が都落ちするときに、
自分の和歌を『千載和歌集』に載せてもらいたかった平忠度(たいらのただのり)は、
「一首だけでも…!」と、危険を承知で俊成のもとへ引き返し、
自作の和歌を書いた巻物を託したのだとか。

そして俊成が『千載和歌集』に載せたのが、
今回の和菓子のもとになった和歌でした。
都落ちをする平家の方が詠んだ歌だと知ると、
いっそう心に迫ってくるように感じられます。

「さざなみや 志賀の都は あれにしを
むかしながらの 山ざくらかな」
(平忠度『千載和歌集』66)

28_末富さんのお菓子

私たちが今いるこの場所で、平安時代に起こった出来事。
一つの和菓子から、当時の情景が思い浮かぶようで、
和菓子の面白さを実感することができました。

とても貴重な機会をくださった山口さん、
本当にありがとうございました!

aeru gojoにお越しの際は、末富さんと新玉津島神社へ、
ぜひお立ち寄りいただければ嬉しいです^^

aeru gojoホストマザー(店長)田房